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■ 天野 篤
  あまの あつし

   順天堂大学医学部 心臓血管外科 教授
   第2回研究会代表幹事



■ 磯村 正
  いそむら ただし
   葉山ハートセンター 心臓外科センター長
   第10回研究会代表幹事


① 昭和54年久留米大学大学院修了、久留米大学第二外科(古賀道弘教授)、第一病理(中島敏郎教授)で研修し、Beth Israel Hospital(ハーバード大学), Toronto General Hospitalトロント大学)で研修後、久留米大学講師、湘南鎌倉病院心臓外科部長を経て、2000年5月に葉山ハートセンターを須磨久善先生とともに設立。現在に至る。
② 自己紹介:新しいことにはいち早くチャレンジしたい性格と思います.
③ 研究会とのかかわり:研究会補足当初から小坂眞一先生のすすめで立ち上げ、日本で最初に回旋枝へのoff pump CABGを発表、ライブなどにも参加。
④ 座右の銘:十年樹木、百年樹人
⑤ 得意な手術:興味を持って行なっているものは、ロボットによるCABG(EndoーA-CAB)僧帽弁形成術、左室形成術などです。
⑥ 資格、著書:Myocardial protection, 心臓弁膜症の外科、心臓外科手術書など


■ 大川育秀
  おおかわ やすひで
   豊橋ハートセンター 副院長・心臓血管外科
   第5回研究会代表幹事





■ 小坂眞一
  おさか しんいち
   国際医療福祉大学臨床医学研究センター教授
   化学療法研究所附属病院心臓血管外科部長
   第1回研究会代表幹事

1976年に日本医科大学の第3外科学講座に入りました。主任教授は日本で初めて左室瘤の手術に成功した庄司佑先生で、同期生は落雅美先生。榊原記念病院でレシデントを終え、1982年から2年間NZに留学し、故Barrett-boyes卿から指導を受けました。初めてのCABGもNZでした。
1988年にオーストラリアに留学した後、帝京大学付属市原病院、大和成和病院を経て、2008年から市川市の化学療法研究所病院に勤務しています。1999年に南淵明宏先生や渡邊剛先生らと日本OPCAB研究会を立ち上げました。
著作:冠状動脈手術手技(南江堂)
これで安心!心臓手術(保健同人社)
透析患者の循環器疾患の最新治療(南江堂)
心臓病の9割は防げる(講談社)
座右の銘:弥生風、卯月雨、皐月花。


■ 落 雅美
  おち まさみ
   日本医科大学 第二外科 教授
   第7回研究会代表幹事
学生時代から心臓病に興味を抱き、卒業時には心臓外科をめざすことに決めていました.この研究会メンバーの先生方皆さんと同じように「心臓に魅せられて」何十年です.2004年から現職です.
1980年頃よりCABGに携わり、日本の冠動脈外科の歩みをつぶさに見てきました.多くの傑出した外科医が我が国には沢山いらっしゃり、この分野で日本の外科医が世界に向けて発信している情報のなんと多いことかと思います.我が国の外科医が更に元気であるように祈りたいと思っています.間違いなく私はoff-pump CABGを行っている外科医の中でも年長者の一人ですが、年間120例程のOPCABをもう少し頑張ります.
趣味は書道、読書、犬と遊ぶことです.大学ではバスケットボール部の部長をやっています.学生時代からのスキーはいまでも毎年出かけ、心臓血管外科ウィンターセミナーの常連です.


■ 米田正始
  こめだ まさし
  名古屋ハートセンター(豊橋ハートセンター・大和成和病院)
  心臓血管外科    第3回研究会代表幹事

★略歴:奈良県生まれ、S56京都大学卒、天理病院・トロント大学病院・スタンフォード大学病院・メルボルン大学病院オースチン病院(コンサルタント、助教授)ののち現職
★自己紹介:生き甲斐は重症患者さんを助けることから、若手を育てることに次第に移行しつつあります。それでも手術以上の喜びを知りません。得意な手術は心筋内LADを掘るOPCAB、心筋症や虚血性僧帽弁閉鎖不全症に対する複合手術(バチスタ変法/SAVE左室形成術や腱索”translocation”)、メイズ手術不能例に対する”volume reductionメイズ手術”、VSPに対するexclusion手術、再生医療を併用した手術など、それらの多くがオリジナル。意外に弓部大動脈や大動脈基部手術を好んでいます。
★会とのかかわり:第3回OPCAB研究会当番世話人。この会はその使命を見事に果たし、次の段階に入る時期に来ていると思います。老いの醜態を晒すのではなく美しい花を散らせて、もっと美しいものを創ることが次世代のためではないでしょうか。
★著書・論文:英文邦文合わせて400近く。


■ 高梨秀一郎
  たかなし しゅういちろう
   榊原記念病院 心臓血管外科 部長

★略歴: 広島県生まれ。愛媛大学S59年卒。
★自己紹介: 2001年新東京病院心臓血管外科部長として赴任して以降、年間約400例の心臓手術(そのうちCABG250例、90%がOPCAB)を執刀しております。
2004年末より現職、心臓血管外科成人部門を任され、2005年は1年間で心臓手術約670例、小児部門と合わせ国内ではおそらく初めて心臓手術1000例を越えました。得意な手術はOPCAB・僧帽弁形成術・胸部大動脈瘤などです。
★資格: 日本胸部外科学会指導医・心臓血管外科専門医・The Society of Thoracic Surgeonsメンバー
★著書: 新・心臓病診療プラクティス 心疾患の手術適応と至適時期2(文光堂)/
心臓外科 Knack&Pitfalls冠動脈外科の要点と盲点(文光堂)/
性差からみた女性の循環器疾患診療(MDICAL VIEW社)など。
★好きな食べ物:黒豆納豆
★研究会とのかかわり:おそらく第3回頃、一般参加から
★趣味: 乗馬、テニス


■ 田代 忠
  たしろ ただし
   福岡大学医学部 心臓血管外科 教授

1976年に鹿児島大学医学部を卒業し、久留米大学第二外科に入局しました。1982年より聖マリア病院(久留米市)胸部心臓血管外科に勤務しました。聖マリア病院は救急医療、小児医療が特に充実した病院であり、心大血管疾患の緊急手術や先天性心疾患手術を多く経験できました。
1986年12月よりカナダのトロント大学の教育病院であるToronto General HospitalにてClinical Fellowとして1年間の臨床研修を経験しました。最初の冠動脈バイパスの術者はトロントで経験しました。帰国後、心臓血管外科の術者としての経験が始まりました。1988年に乳児期の先天性心臓病である大血管転移症に対する補填物を用いない動脈スイッチ手術(パシフィコ手術)を日本で最初に行い成功させました。1991年に人工心肺を用いない冠動脈バイパス術(Off-pump CABG)を日本で最初に行ない現在までに506例に行なっています(同期間に冠動脈バイパス術1397例執刀)。1994年より福岡大学医学部心臓血管外科に助教授として赴任しました、1999年11月にはOff-pump CABGの公開手術である福岡Off-pump CABGライブデモンストレーションを行ないました。2004年に福岡大学心臓血管外科教授に就任しました。
座右の銘は「自然体」です。困難なときも楽しいときも、見栄を張らずありのままに、最善を尽くすことを心がけています。
得意な手術は、冠動脈バイパス、弁手術、大動脈など成人手術はすべて行います。


■ 道井洋吏
  どい ひろさと
   心臓血管センター 北海道大野病院 院長
   第6回研究会代表幹事
1993年に現在の病院に就職し、爾来成人心臓血管疾患の手術に専念してきました。当時から現在に至るまで一貫して持ち続けているpolicyは、“民間の第一線病院の最大使命は確立された(評価の定まった)治療手段を安定供給すること”、です。これは医療材料の選択のみならず手術手技においても基本としております。
永年蓄積されたグラフト選択やバイパスデザインのノウハウを手術計画の基幹にしておりますのでOPCABへの移行も当初は慎重でした。しかしこれもデバイスの進歩に伴い、現在単独バイパスではほとんどがoff pump での施行となりました。また自分では特に得意な分野はありませんが、逆に不得意な分野を作らぬよう知識、技術の吸収を心がけております。
この春からいわゆるplaying manager 状態で、多忙を極めております。その中で若手の教育も急務です。研究会が次世代の心臓外科医の核となれば幸いです。


■ 南淵明宏
  なぶち あきひろ
   医療法人公仁会大和成和病院・院長 心臓外科医
   第1回研究会代表幹事
略歴:1958年大阪生まれ 1983年奈良県立医科大学卒業。
奈良医大研修医、国立循環器病センター研修医などを経て1989年シドニー、セントビンセント病院、オーバーシーフェロー、国立シンガポール大学レジストラ、1992年帰国し、新東京病院などを経て1996年大和成和病院、心臓外科開設。
★近況:現在51歳と老境に差し掛かり、年齢なりの老獪な手術を心がけています。
★自己紹介:人里は慣れたところにある小さな民間病院の大和成和病院はまさに場末の病院です。そこでなんとか細々と、自分達がぎりぎり生活できる程度の、最先端でもない高度でもない、医療活動を続けています。
★研究会とのかかわり:小坂眞一先生とこの研究会を立ち上げました。多くの心ある心臓外科医に支えられ、現在の発展に至りましたことをうれしく思います。
★座右の銘:眼横鼻直、教外別伝、諸悪莫作、衆善奉行。
★得意な手術:どの手術もびくびく怖々やっております。
★資格:普通自動車運転免許 
★著書:「異端のメス」講談社「異端の系譜」三輪書店


■ 三隅 寛恭
  みすみ ひろやす
   済生会熊本病院 心臓血管外科 診療技術教育部長

熊本生まれで、1982年に宮崎医科大学卒業後、東京女子医大付属日本心臓血圧研究所 外科に入局しました。今井康晴教授、小柳 仁教授、黒澤博美教授のご指導を受け、1994年から済生会熊本病院に勤務。大人の弁膜症、虚血性心疾患、大動脈疾患から先天性心疾患まで、幅広く治療を行っています。大人の先天性心疾患では、C-TGA、TOF等の手術も時々行っています。
 冠動脈バイパス手術に関しては、済生会熊本病院に来てから、前部長の中島昌道先生のご指導で、この手術に携わるようになりました。OPCABを行うようになったのは、福岡大学の田代教授のご指導でOPCABを導入し、本研究会にも参加するようになりました。 その後、浅井先生、天野先生、夜久先生、小林先生、岡林先生等の手術を見学させて頂き、それらを参考に、自分なりの方法でOPCABを行っています。当院のCABGのOPCAB率は60~70%程度で、第一選択でOPCABを行うのではなく、Riskの高い患者でのOPCABを行うことを方針としています。 座右の銘というほどではありませんが、私の好きな詩は、宮沢賢治の“雨ニモマケズ”です。 “ミンナカラデクノボウトヨバレ、ホメラレモセズ、クニモサレズ、サウイウモノニ私ハナリタイ”と思いながら、毎日を過ごしています。


■ 渡邊 剛
  わたなべ ごう
   金沢大学 心肺・総合外科 教授
   東京医科大学 心臓外科 教授
   第4回研究会代表幹事

★略歴: 東京都生まれ、金沢大学医学部卒 s59、同大学院修了
★座右の銘: Eagle eyes, Lion Heart, Angele Hands
★得意な手術 CABG Bentall OP
★資格: 日本外科学会指導医
日本胸部外科学会指導医
厚生省外国人医師指導医
ISMICS (International Society of minimally Invasive Cardiac Surgery) Board Director
★著書: 多数
1999 Watanabe G, Takahashi M, Beating-heart endoscopic coronary artery surgery
Misaki T,Kotoh K, Doi Y THE LANCET 354:2131-2
2001 Watanabe G, Takahashi M, Totally endoscopic coronary artery bypass on the beating heart
Kanehira E, Takemura H, Min Invas Ther & Allied Technol. 10:227-30
2003 Watanabe G, Takemura H, MultipleMinimally Invasive Direcdt CABG for the Complete
Tomita S, Misaki T, Revascularization:The Figure L Approach
Kotoh K Thorac Cardiov Surg. 51:28-32
2005 Watanabe G Tomita S, Tabata S et al Multiple arterial graft holder Heart Surgery Forum
2005 Watanabe G Tomita S, Tabata S et al The efficacy of active coronary artery perfusion system
Ann Thorac Surg 2005 in Press


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■ 浅井 徹
  あさい とおる
   滋賀医科大学 心臓血管外科 教授

 1961年金沢市生まれ。1986年金沢大学医学部卒業、金沢大学第一外科を経て、1988年ニューヨーク大学(NYU)メディカルセンター外科レジデントとして研修をうけました。以後NYUにて臨床講師、Research Fellow、胸部心臓外科(臨床)フェローを経て数千例の心臓血管手術に入り、500例余を米国で執刀してきました。
1994年帰国後、金沢循環器病院心臓血管外科で心拍動下冠動脈バイパス手術を執刀してきました。2002年から、現職にて現在年間250例余の心臓手術を行っています。研究会には第一回から、ビデオなどで発表させていただいています。2005年にはライブ手術を執刀いたしました。
 手術に対するスタンスは「No Refusal Policy」です。自分の研究分野であった心筋保護、心拍動下術式等を駆使して最高水準の手術をできるだけ少ない侵襲で行うことを心がけています。特に力を入れている手術は、心拍動下バイパス手術の他に複雑病変を含めた僧帽弁形成術があります。
 日本心臓血管外科専門医、ほか国内学会に多数参加。海外ではEditorial Board Member of Heart Surgery Forumをつとめます。受賞歴はSamson Resident Essay Finalist(Western Thoracic Surgical Association 1993 San Diego), Young Investigator’s Award (ISMICS Sixth Annual Meeting 2003 San Francisco)などです。


■ 荒井裕国
  あらい ひろくに
   東京医科歯科大学大学院 心臓血管外科 教授

1982年、東京医科歯科大学医学部を卒業し、同年行われた世界初の完全人工心臓Jarvik7の臨床応用に感銘して、心臓外科を志しました。その後,米国St.louis大学で心臓移植・人工心臓の研究・臨床に従事し、帰国後も国産補助人工心臓の駆動アルゴリズムの開発などをしておりました。
しかし、人工臓器を知るほどにその限界に直面し、人工物の関与しない心臓手術を考えるようになり、1994年に常勤2名の心臓血管外科の部長として赴任した長野県の北信総合病院で、独自の工夫でoff-pump CABGを始めました。赴任初年に行ったoff-pump CABG第一例は、同時に私にとって初めての右冠動脈へのCABGでもありました。ちなみに、この時のスタビライザーは手術室看護師長の2本の指でした。北アルプスを望むこの北信赴任中に、高齢者の多い地域ならではのoff-pump CABGの低侵襲性を実感し、更に自由な発想で術式の改良に努め、冠灌流カテーテル・スプリング付オクルーダー、リトラクトバルーン等のoff-pump CABG用の新しい手術デバイスを開発しました。これらのデバイスは、off-pump CABG研究会で発足当時から発表の機会を与えて頂きました。
2000年に母校に戻り、近年はoff-pump CABGのみならず、心拍動下僧帽弁形成術にも取り組んでいます。
座右の銘は,”Keep thinking. Think different.”です。“本当に良い術式とは、誰もができる術式であるべき”との信念のもとに、off-pump CABGの普及の一助となるべくデバイスの開発にこだわってきました。2005年には分散型多方向性ハートポジショナー“テンタクルズ”を開発し、ドイツ・インド等海外の手術室にも足を運んでいます。


■ 伊藤敏明
  いとう としあき
   名古屋第一赤十字病院 心臓血管外科部長

1962年生まれ、1986年名古屋大学医学部卒業、
医学博士、日本胸部外科学会指導医、心臓血管外科専門医、外科専門医
手術全般で心がけている事は侵襲と効果のバランスです。CABG手術ではオフポンプ、オンポンプを適宜使い分けています。合併症リスクが高くならない限りバイパスグラフトのデザイン、すなはち最適な血管を最適に配置することを優先しています。一度手術を受けた患者さんが後にカテーテル治療や再手術のため入院するような事が無い事が第一です。術中大動脈エコーは5年前から全例行っています。機器による評価が可能な部分は出来るだけ客観的に評価すべきと思います。
 技術的な面では無駄なくソリッドな動作、決して気ぜわしく見えない手術を理想としています。もちろん時間をかけるという意味ではなく、手術時間は多数枝でも4時間以内を目処としています。 現在の日赤病院の年間手術数は300例余で、私が先天性以外の手術を受け持ちます。内、CABGは150例程度です。大動脈瘤、虚血性僧帽弁逆流に対する弁形成に最近は力を入れています。


■ 入江博之
  いりえ ひろゆき
   近森病院ハートセンター 心臓血管外科部長

高知県高知市の生まれです。岡山大学を卒業し、大学院を終了後グリーブランドクリニックにて人工心臓等の研究に従事しました。その後岡山大学心臓血管外科を経てニュージーランド グリーンレーン病院にて臨床研修を受けました。
2000年より故郷の医療法人近森会近森病院に心臓血管外科を開設し帰郷しております。最近は年間約150例の心臓手術を自分で行っております。残りの手術は若手の方にしていただいております。冠動脈バイパス術後の早期離床にも力を入れ、手術室抜管率が83~89%、翌日食事率が92%~94%となっております。1997年よりshunt tubeとstabilizerを使ったoff-pump CABGを自分でするようになりました。当初はほぼ全例をoff-pumpで行っておりましたが最近はoff-pumpに適する症例、またon-pumpで問題がない症例を選択しております。得意の手術は成人心臓ならびに大血管手術一般ですが特に比較的小さめの皮膚切開にて胸骨もあまり大きく開けずに手術することを心がけております。資格は心臓血管外科専門医、循環器学会専門医、胸部外科指導医、岡山大学臨床教授です。


■ 岡部 学
  おかべ まなぶ
   高知医療センター 心臓血管外科

 
 
 


■ 岡村吉隆
  おかむら よしたか
   和歌山県立医科大学 第一外科 教授

関西出身ですが、東京、栃木と関東に23年在籍しました。レジデントで入った関東逓信病院(現NTT東日本関東病院)では、5年目にMVRを7年目にCABGを執刀させていただきました。10年目から竹内靖夫先生(現東京女子医大第二病院教授)にCABGを本格的に教わり、川崎病小児のCABGにも多数参加できました。
15年目に外科医として独り立ちして、獨協医大に移りました。内科の心カテやPCI症例が多く、心臓外科としては恵まれた環境にいました。2001年に、母校の和歌山医大に責任者として戻り、現在に至っています。当OFF-PUMP CABG研究会には当初から参加していますが、技術だけでなく、志の同じ人達とのつながりができたことも大きな収穫です。OPCAB穏健派を自認していますが、最近はHand-sewn typeのAortic connecting deviceによるOPCABを得意としています。


■ 菊池洋一
  きくち よういち
   国立病院機構帯広病院 心臓血管外科



■ 倉田 篤
  くらた あつし
   大和成和病院 心臓病センター



■ 湖東慶樹
  ことう けいじ
   富山大学附属病院 心臓血管外科





■ 小林順二郎
  こばやし じゅんじろう
   国立循環器病センター 心臓血管外科 部長

1980年大阪大学医学部卒業、外科、心臓血管外科研修の後、1990年シカゴ小児病院心臓胸部外科 Research Fellowとして主に研究を、1992年アラバマ大学バーミングハム校胸部心臓血管外科Special Postgraduate Fellowとして、臨床研修を行い、1年で約600例の手術に参加しました。
1993年に帰国し、国立大阪南病院心臓血管外科を立ち上げた後、1994年に国立循環器病センターに移って、1998年に医長、2005年に部長として、後天性心疾患の外科治療を担当しています。低侵襲心臓手術に興味があり、弁膜症手術からOPCAB、最近ではロボット手術まで積極的に取り組んでいます。これまでに、CABG約750例(85%がOPCAB)、弁膜症手術等約500例を執刀医として行っています。得意な手術は、僧帽弁形成とOPCAB,興味のある手術は心不全の外科治療、maze手術、ステントレス弁、虚血性MRです。長所は決断力と危機回避の第6感、短所は、短気なこと。趣味はゴルフ、読書。座右の銘「鬼手仏心」。OPCAB研究会には、福岡大学の田代先生、豊橋ハートセンターの大川先生と知り合ってOPCABの良さを実感し、日本にEBMに基づいたOPCABを定着させるべく参加させて頂いています。


■ 小宮達彦
  こみや たつひこ
   倉敷中央病院 心臓血管外科 部長

昭和59年に京都大学を卒業、1990年からフランスのMarie-Lannelong病院で臨床研修を行い、1993年に倉敷中央病院に赴任してから、本格的に術者としての研鑽を重ね、1997年に科主任となり現在に至っております。私が心臓外科医としてここまでこられたのは、循環器内科のバックアップの賜物と思っています。
フランスから帰ったときはまだ若干35歳で執刀数も数えるほどでしたが、循環器内科の先生が積極的に緊急でバイパス術を紹介して頂き、しばらく後に循環器内科部長よりCABGのmain operatorとなるようプッシュしていただきました。外科技術は米国等の短期研修等を積み重ねて独力で築いて参りました。OPCABについては以前より独自構想を練っていましたが、Octopusの出現によりこれはできる!という信念で1998年に米国で研修の後、積極的に取り組んで参りました。いろいろと失敗もありましたが、今日のOPCAB隆盛に多少の貢献はできたものと信じています。現在までに冠動脈バイパス術を約1000例(OPCAB400例)、弁膜症手術を約500例、胸部大動脈瘤の手術を約300例、先天性心疾患の手術を約150例執刀しました。自分の経験からは、心臓血管外科専門医と名乗れるのは執刀1000例が妥当なところではないかと考えますが、もちろん自分としてはまだまだと感じています。


■ 高橋賢二
  たかはし けんじ
   青森市民病院 心臓血管外科 部長

青森労災病院から平成16年4月に青森市立病院に赴任しました。赴任後1年間手術はもちろん術前後の仕事もほぼ一人で行ってきました。今年4月から二人の若手医師が加わり今では麻酔科の協力のもと週5~7例で年間の心臓・大血管手術を年間200例を超すペースで行っています。
トルコのDr.Karagotzの手術を拝見し、また直接指導を頂き先生の卓越した手術手技を参考に自分なりに工夫し、手技の向上をみたと自負しています。第1回のOFF PUMP研究会から世話人として参加させていただき、また共書で《CABGのサイエンス》を出版する事ができました。私の好きな言葉は【択能使之】です。有能な若手医師を選び、優秀な心臓外科医を育成したいと思っています。得意な手術は1,CABG(OPCAB、MIDCAB、腹腔内動脈を使用したCABGなど) 2,胸部・腹部大動脈瘤手術 3,メイズ手術などです。


■ 高橋政夫
  たかはし まさお
   平塚共済病院 心臓血管外科 部長

私は,昭和63年金沢大卒で,同第一外科に入局し,1年毎に関連病院を回る引越し人生(12回)を送りました.その間,ASDやMVRを3年目で執刀できました.横浜の田中信行先生ご指導の下,医師6年目で初CABG(RITA-RCAの1枝)を執刀しました.
一番の大きな転機は,97年に大学医局を離れて,茅ヶ崎で心臓血管外科部長に就任したことです(34歳).DONUTを考案したことと,MIDCABが日本に導入された時期が重なり,いつしかDr. DONUTと呼ばれる様になりました.
2000年に新体制の金沢大(渡邊 剛教授)に戻り,3ヶ月のフランス留学の後,2001年に現在の平塚共済病院にて,心臓血管外科を新設しました.
50インチPlasma Displayや,富士山を拝める心臓専門手術室が自慢です.
2002年にSPY Systemを導入.翌年3月に世界初のOff Pump CABG9枝を成功し,現在も全ての患者さんを対象にOff Pumpで行っています.
7年間過ごした湘南地区で,最新の心臓手術を行える施設を目指しています.
本研究会の幹事になれたのは,DONUTでCCTライブ手術を執刀できたことでしょう.
座右の銘は,「Live, and let live」です.


■ 田鎖 治
  たぐさり おさむ
   NTT東日本関東病院 心臓血管外科



■ 竹村隆広
  たけむら たかひろ
   国立病院機構長野病院 心臓血管外科医長

長野県上田市にある国立病院機構長野病院にて地域の心臓外科治療に従事しています。昭和59年東京女子医大日本心臓血圧研究所外科に入局し、小柳仁教授、今井康晴教授のもとで後天性、先天性心疾患全般にわたる指導を受けた後、平成3年に長野県の国立療養所東長野病院に赴任しました。
平成4年より心臓外科チームの責任医師となり、以後年間100例程度の手術を施行してきました。平成9年国立病院の統廃合に伴い心臓外科チームごと現在の病院に移籍しました。OPCABと共に私が力を注いできたのは弁膜症に対する外科治療です。1993年より変性性僧帽弁閉鎖不全症に対する弁形成術を開始し、また心房細動に対するメイズ手術も積極的に施行しています。大動脈弁疾患に対しては患者様へのインフォームド・コンセントをもとにした弁の選択を重視し、生体弁とくにステントレス生体弁による弁置換術を積極的に行ってきました。(ステントレス生体弁による弁置換法を新井達太先生編集の「心臓弁膜症の外科」に執筆しております)また、院内に組織移植バンクを設置しヒト同種弁(ホモグラフト)の採取、凍結保存を行い同種弁による弁置換術(感染性心内膜炎等に対して)やRoss手術等も施行しております。


■ 竹村博文
  たけむら ひろふみ
   岐阜大学医学部 高度先進外科学分野 教授

1985年に金沢大学卒業後,岩 喬教授に師事し,関連病院で研修後,主に金沢大学第一外科にて冠動脈バイパス術におけるグラフトの血行動態について研究してきました.1998年から2年間の念願の海外臨床研修がかない,New Zealand,Green Lane病院にて手術漬けの毎日でした.多くの症例を見,記憶し,いかに手術のストーリーを作り,そのゴールにいかに早くスムーズに到達するかを学ぶことが心臓手術において重要と思います.
アルペンスキーヤーが滑走前に目を閉じてイメージトレーニングを行いますが,その重要性はそのまま心臓外科にも当てはまります.
少ない症例の中で,新しい技術を導入し,若い術者を育てることが今後の私の使命と痛感しております.現在はCABGのみならず,僧帽弁形成術,Maze手術,新しいデザインのグラフト使用による弓部置換術,内視鏡手術,早稲田大学とのロボット開発などを行っています.
OFF-PUMP CABG研究会は第4回,渡辺 剛教授が担当したときの事務責任者として関わりました.現在のシンボルマークを創案したり,新しい企画などを考案したりしたことが懐かしく思い出されます.
最近岐阜大学第2外科,安達洋佑教授と共著で実践臨床外科(金原出版)を発刊しました.岐阜大学の若手外科医が執筆し,今の研修医に外科の魅力,必要性をアピールできればと思います.


■ 田嶋一喜
  たじま かずよし
   名古屋第二赤十字病院 心臓血管外科 部長

1980年名古屋大学卒業。関連病院で心臓血管外科研修後1985年から国立循環器病センターで研修しました。この間に心臓移植に興味を持ち、一時期英国ヘアフィールド病院でclinical fellowとして心移植を学びました。名古屋に戻ってからしばらくは心移植マニュアルを作ったり東海心移植症例検討会を立ち上げ地域の啓蒙活動を行ってきましたが、1992年名古屋第二赤十字病院に赴任後は専ら成人の心臓手術全般を行っております。
ほとんどゼロからでしたが「継続は力なり」と信じ現職で既に16年になり2500例を超えました。「常に自省し、懐疑せよ」と自分に言い聞かせてやっておりますのでOPCABは慎重派でしたが、最近はその優位性が自分でも納得がいきましたので70%程度になっております。どちらかといえば好きな手術は弁形成術ですが、最近の関心は大動脈手術です。当院の特徴は人工透析患者が多く20%を超えています。


■ 田邉 大明
  たなべ ひろあき
   (財)心臓血管研究所付属病院 副院長兼心臓血管外科部長



■ 種本和雄
  たねもと かずお
   川崎医科大学 胸部心臓血管外科 教授 病院長補佐

当院では循環器内科、麻酔・集中治療科の全面的協力を得て、出来るだけ少ないスタッフで心臓手術を行うことを実践しています。従来のやり方では術前術後管理等々手術以外の周辺の業務(所謂雑用、これを覚えることも極めて重要ですが)に時間をとられ、そのために医局は多くの人員を抱えないと手術が出来ない体制にありました。
それが今のクレイジーな程に増えてしまった心臓外科施設数の一因だと考えたからです。具体的には心臓外科(心臓と胸部大動脈を担当)では私と講師の濱中荘平のみがスタッフで、あとは卒後3年目の新入医局員と卒後臨床研修医のローテーションで手術を行っています。それらローテーションは全体の都合もあって回ってこない管理の仕事もしている私は会議などに追われて手術の最初から最後までいることはまずないので、実質はスタッフ1.5人あるいはそれ以下ですべての症例をこなしています。それにはまず、循環器内科の全面的協力が必要で、術前診断・管理はもちろんのこと、症例によっては自己血まで貯めて外科に送ってくれます。術後の集中治療管理は麻酔・集中治療科が行い、一般病棟に上がってドレンが抜けたら内科転科。それ以降の管理は術後評価を含めて内科担当です。術後評価の見る目は厳しいですが、その分だけ外科医も一例一例成長できます。我々はこのような診療科横断的な管理を行うことで少人数での心臓外科手術で成績をあげ、日本の心臓外科のモデルとなりたいと考えています。


■ 手取屋岳夫
  てとりや たけお
   昭和大学医学部 第一外科学教室 教授

当科では緊急症例、重症例には総合的に診療科の枠を超えた治療体制の構築を目指しております。 現在は、6名の若手外科医と共に週に6例の心臓血管手術を行っていますが、そのうち約半数は緊急、および準緊急手術です。
私は、1997年にドイツ心臓外科専門医を取得、2000年からはオーストラリアで心臓肺移植や人工心臓などの重症心不全に対する最先端治療を経験しました。それらの経験より、当科が、特に若手医師にとって「創造的な外科学文化を育む開かれた学問の場」となることを目標に、日夜頑張っております。OFF-PUMP CABG研究会では、多くの先生方の最新で、優れた手術手技を学ばせていただきたいと思っております。今後ともよろしくお願い申し上げます。


■ 富田重之
  とみた しげゆき
   金沢大学 心肺・総合外科(第一外科)



■ 中尾達也
  なかお たつや
   医療法人社団 誠馨会 新東京病院心臓血管外科 部長

1987年 広島大学卒
新東京病院主任部長の山口先生とは広島大学医学部時代にテニスクラブで一緒にダブルスを組んでいました。千葉に出てきて一緒にやってみないかと誘われ、いろいろ考えた結果、千葉県松戸市にやってきました。大学を卒業以来、心臓外科医として育ってきた環境も全然違う二人がまたこうやって一緒の病院(コート)で働くようになったことに運命的なめぐり合わせを感じております。
1992年から2年間米国ニューヨークのモンテフィオーレ病院にてRichard F . Brodman先生(橈骨動脈グラフトで有名)とRobert W.M.Frater先生(僧帽弁手術で有名)と一緒に仕事をさしていただき、彼らの紹介で1996年から2年間、 豪州シドニーのロイヤルプリンスアルフレッド病院心臓胸部外科医師としてClifford F Hughes先生の指導をうけました。36歳で帰国後に、世界文化遺産、日本三景である宮島を病棟から眺望することができたJA廣島総合病院心臓血管外科で11年間(最後の4年間は主任部長として)働いていましたが、2009年4月から慣れ親しんだ職場を変わりました。
本研究会には、旧知の浅井 徹先生の推薦でお世話をさしていただくことになりました。今、取り組んでいることとして、私の知己の心臓外科医がいる台湾の病院(Far Eastern Memorial病院)やマレーシアの病院(マレーシア国立心臓センター略称IJN病院)と、新東京病院が、心臓外科部門での学問的、文化的交流が出来るように海外に足を運んでおります。得意な手術は大人の手術なら何でもですが、個々の手術のレベルを上げることに努めています。広島の方言で「がんぼったれ」という呼称があります。損得勘定にとらわれず自分の信念を曲げないで貫くような頑固者という意味です。漁師町で育った私が好きな言葉です。


■ 中山正吾
  なかやま しょうご
   大阪赤十字病院 心臓血管外科 部長

私は昭和57年京都大学医学部の卒業で、関連施設で勤務の後、平成元年に京都大学大学院に進学し平成5年に凍結保存同種大動脈弁の基礎研究で学位をいただきました。
術者として手術を受け持つようになったのは大阪赤十字病院で勤務していた平成7年からで、主として冠動脈バイパス術、大動脈瘤手術を担当していました。
平成12年からはCABGの基本術式としてOFF-PUMP手術をとりいれ、現在まで約600例のCABG(内OPCAB 400例)をおこなってきました。
私にとっての転機は平成14年に高松赤十字病院 心臓血管外科開設にあたり部長として赴任したことです。まったくなじみのない土地で一から心臓外科を立ち上げ、全ての手術を担当するというのは、それまでとまったく違う、責任の重いものでした。幸い大きな事故もなく、4年半で約500例の心臓大血管手術をおこなうことができました。平成18年10月からは現在の大阪赤十字病院 心臓血管外科に復帰し、3人のスタッフで日夜診療に励んでいます。
外科医はともすれば技術に走りがちですが、私は患者さんとの関係を大切にし、一人一人の病状に合わせた無理のない手術をおこないたいと心がけています。
本研究会には初期の段階から参加させていただいており、ライブ手術のコメンテーターとして出席したこともあります。
得意な手術はやはりOFF-PUMP CABGになるかと思います。
資格;日本胸部外科学会指導医、心臓血管外科専門医、日本心臓病学会FJCC、
京都大学医学部臨床教授


■ 成瀬好洋
  なるせ よしひろ
   虎の門病院 循環器センター外科 部長


■ 新浪 博
  にいなみ ひろし
   埼玉医科大学国際医療センター 診療科長 
   心臓血管外科部門長 教授


1962年横浜生まれ。1987年群馬大学医学部卒業。
卒後東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所外科入局。

1989年より2年間米国ミシガン州デトロイトにあるウエインステイト大学にてリサーチフェローを行い、骨格筋による循環補助の研究に従事。1995年より3年間オーストラリアにてクリニカルフェローを行う。
オーストラリアでは最初の1年をメルボルンのアルフレッド病院で行い、General Cardiothoracic Surgeryのみならず、Heart & Lung Transplantationや人工心臓植え込みにも従事。その後の2年はシドニーのロイヤルノースショア病院でGeneral Cardiothoracic Surgeryに専念し、主に冠動脈手術の臨床研修を行った。1998年帰国、東京女子医大心研に戻り、1999年より東京女子医科大学附属第二病院(現東医療センター)講師、2004年より助教授。2004年6月より順天堂大学に赴任し現在に至る。
医学部を卒業して早18年が過ぎ、心臓外科のメッカである女子医大に入局し、海外を含めて様々な先輩方から手術の指導を受け、自分なりの手術がようやくできるようになってきました。この18年の間にもCABGはOPCABが主流となり、DESの登場で冠動脈外科の立場が揺らぎつつあったり、また女子医大事件があったり、いろいろと時代とともに変化がありました。こういった向かい風の中でも生き抜いていくためには,心臓外科医として冠動脈のみならず弁膜症、大血管とオールラウンドプレイヤーとなるべきであろうと思い、日々臨床に明け暮れております。また、大学人としては早稲田大学梅津研究室で臨床から生じる疑問点を科学的に実証すべく共同研究を行っています。



■ 濱野公一
  はまの きみかず
   山口大学医学部第一外科 教授

①略歴:山口県生まれ、S60年 愛媛大学卒業、山口大学医学部第一外科入局、H2年 山口大学大学院修了、Oxford大学留学、第一外科助手、講師を経てH14年より現職。
②自己紹介:レベルの高い外科治療が提供できる教室の体制づくりを目指すと共に、自分自身も常に手術手技の研鑽に努めています。
③研究会との関わり:多くの先生方から最新の示唆に富んだ手術手技を学ばせてもらっています。
④座右の銘:「初心」 常に初心を忘れずに何事も精力的に頑張っていきたいと考えています。
⑤得意な手術:冠動脈バイパス手術、僧帽弁形成術、再生医療
⑥資格:心臓血管外科専門医、日本胸部外科学会指導医、日本外科学会指導医
⑦著者:「臨床心臓病学」「心臓弁膜症の外科」


■ 樋上哲哉
  ひがみ てつや
   札幌医科大学医学部外科学第二講座(胸部心臓血管外科)教授

   1957年生まれ。1982年神戸大学医学部卒業。神戸大学第二外科を経て兵庫県立姫路循環器病センターで15年、心臓外科医としての修練を積み、 2001年に神戸大学医学部講師として米国University of Michiganに赴任。同年11月島根大学医学部教授を経て2006年1月から現職。

  これまでの期間の大部分を臨床の現場で過ごし、 2000例以上の心臓大血管手術を行ってきましたが、この間つねに患者本位のより安全で洗練された最高水準の手術を目指してその方法を進化してさせてきました。なかでも1998年に超音波メスによる内胸動脈のskeletonization法(UCS法)を開発できたことは、心拍動下冠動脈バイパスの質的向上に寄与できたばかりでなく、多くの患者さんに大きな利益をもたらすことができ嬉しい限りです。本研究会にはUCS法が日本で普及しだした2002年から参加させて頂いています。最近、特に力を入れている手術には、両側内胸動脈を用いた心拍動下冠動脈バイパス、複雑広範囲病変の僧帽弁形成術、大動脈基部手術などがあります。
資格:心臓血管外科専門医、循環器専門医、日本外科学会指導医、日本胸部外科学会指導医、Best DoctorsR in Japanなど
著書:超音波超音波メスによる新しい内胸動脈採取法Ultrasonic Complete Skeletonization法 金芳堂 (2004) など

■ 藤松利浩
  ふじまつ としひろ
   慈泉会 相澤病院 心臓病大動脈センター センター長

2002年よりアルプスの麓松本市にある相澤病院に赴任してから、漸く年間150例の心臓大血管手術をこなすようになりました。
前任地の浦添総合病院では年間約200例の開心術をこなし、8割以上が冠動脈バイパス術でしたが、当地ではバイパス術は5割強で、大動脈解離、弁膜症、Maze手術、Bentall手術などと、時代の流れと地域性が反映されるようになって参りました。私は、1984年、日本医科大学を卒業した後、第2外科に入局し、代表世話人の小坂眞一先生、現日本医科大学教授の落雅美先生の薫陶を受けた後、1989年より3年半オーストラリア・シドニーにあるロイヤルプリンスアルフレッド病院に留学しました。留学当初、同じシドニーのセントビンセント病院に留学中の南淵先生と知り合い、その縁もあってこの会の幹事をさせてもらっております。ロイヤルプリンスアルフレッド病院では研修医、ジュニアレジストラを経てシニアレジストラとなり、500例以上の開心術をこなすことができました。帰国後は石川県七尾市にある恵寿総合病院等を経て現在に至っております。冠動脈バイパス術と大血管手術を得意としてきましたが、最近は弁形成、Maze手術などもそこそこ行っております。


■ 宮入 剛
  いりみや たけし
   三井記念病院 心臓血管外科



■ 向原伸彦
  むこはら のぶひこ
   兵庫県立姫路循環器病センター 心臓血管外科 部長




■ 村田聖一郎
  むらた せいいちろう
   板橋中央総合病院 心臓血管外科 部長

1989年宮崎医科大学卒業。三井記念病院外科レジデント時代には鰐渕康彦先生、須磨久善先生にご指導を受け、1993年より自治医科大学附属大宮医療センターで井野隆史先生、安達秀雄先生のご教授のもと成人心臓血管外科手術の修練をさせていただきました。創設から日の浅い施設でしたので、少ないスタッフでたくさんの症例を経験することができたことが何よりの財産になっていると思います。
2年間のスタンフォード大学胸部心臓外科フェローを経て2005年4月より板橋中央総合病院に勤めております。優秀な麻酔科スタッフ、同僚に恵まれて楽しく仕事をさせていただいています。好きな言葉はDream as if you’ll live forever. Live as if you’ll die tomorrow. (James Dean) です。この度小坂眞一先生のご推薦をいただきこの会に参加させていただくことになりました。よろしくお願いいたします。
心臓血管外科専門医,日本外科学会指導医,日本胸部外科学会指導医,医学博士


■ 本村 昇
  もとむら のぼる
   東京大学医学部附属病院 心臓外科 准教授



■ 夜久 均
  やく ひとし
   京都府立医科大学 心臓血管外科 教授

1957年大阪府生まれ(満48歳)。1982年京都府立医科大学卒業。研修医の後、国立循環器病センター心臓血管外科レジデント(3年間)、国立循環器病センター研究所国内留学生(2年間)。
アメリカ・ヴァーモント大学にてリサーチフェロー(2年間)の後、オーストラリアにてクリニカルフェロー(4年間)。その間シドニーにあるセントヴィンセント病院、セントジョージ病院、ロイヤルアレキサンドラ子供病院の3病院にて就労。1997年京都府立医科大学心臓血管外科助手にて帰国し、講師、助教授を経て2004年より教授。現在に至る。1997年にオーストラリアから帰国して9年になりました。ちょうどこの10年程の間に心臓外科、特に虚血性心疾患に対する外科はめざましい進化をとげたと思います。私が現在行なっている手術も、オーストラリアで行なっていたpracticeとは全く違っており、心拍動下が主体ですし、両側内胸動脈使用等いろいろな変遷がありました。その中でOFF-PUMP CABG研究会で得た知識、知り合った外科医からのアドバイスが非常に役立っていると思います。今後の心臓外科に自分が何を残せるのか?あくまでも挑戦する気持ちを忘れずに進みたいと思います。


■ 山口 裕己
  やまぐち ひろき
   新東京病院 心臓血管外科



■ 山崎文郎
  やまざき ふみお
   静岡市立静岡病院 心臓血管外科 科長

1956年群馬県生まれ。1981年京都大学医学部卒業。最初は京都大学結核胸部疾患研究所胸部外科に入局し呼吸器外科医をめざしましたが、静岡市立静岡病院に赴任し故秋山 文彌先生の薫陶を得て、心臓血管外科を志すようになりました。京都大学大学院で肺移植の研究に従事したのち、1989年より再度静岡市立静岡病院に赴任して現在に至っています。
 2003年より科長として手術を行っていますが、それまでの10数年は、いかにして自分のidentityを確立するかということで悩み多い時間を過ごしていました。OPCABも当時の科長が合併症のある症例に対してselectして行っていく方針だったので、なかなかできなかったのですが、2000年くらいから、自分の症例ではようやく第一選択として行うようになりました。今思うと自分のスタイルを確立できた最初の術式だったように思います。OPCAB研究会への参加はごく最近からになりますが、それぞれの先生のスタイルを見せていただいて、納得できる手技をこれからもどんどん採り入れていこうと考えています。得意な(好きな)手術は大動脈瘤手術で、弓部全置換、急性A型大動脈解離の手術を、たとえ夜中の緊急手術でも嬉々として行っています。手術をするときに常に自分に言い聞かせているのは "虎穴に入らずんば虎子を得ず" です。今の時代にリスクの高い手術をするのにはためらいを感じることもあるのですが、誰かが "risk taker" にならなければならないと考えています。その時に決して後向きにならないように心がけています。


■ 横山 斉
  よこやま ひとし
   福島県立医科大学 心臓血管外科 教授

東北は福島県の県都福島市において、心臓血管外科の臨床、研究、教育に従事しています。人工心肺下CABG経験100例の後に、OPCAB第一例を1993年に青森県立中央病院で執刀しました。以後米国留学をはさんで、東北大学での第一例目を1997年に行い、現在まで執刀したOPCABは約600例となりました。
この間OPCABをスタンダード手術とするために手術戦略および手技、周術期管理の改善に傾注しております。OPCAB研究会は、いわば心臓外科医のパフォーマンスに刺激されたブレインストーミングの場であり、新しいアイデアや医学的エビデンスの萌芽の源泉になるのではと期待しています。手術に得意不得意を作らないよう努めておりますが、多臓器複合型動脈硬化症のハイリスク症例が多い関係上、OPCAB、弓部大動脈瘤手術、再手術(冠動脈、弁膜症、胸部大動脈瘤)などが診療の中心となり、これに加えて僧帽弁形成術などの内科医からの要望が強い手術が増加しています。座右の銘は、「鬼手仏心」


■ 吉田成彦
  よしだ しげひこ
   イムス葛飾ハートセンター 院長

昭和59年和歌山県立医科大学を卒業し、国立循環器病センター、岸和田徳州会病院、新東京病院にて勤務後、平成12年に新葛飾病院心臓血管外科を開設しました。
当初は2名からのスタートでしたが、現在6名のスタッフで年間250~300例の開心術を行っています。4年弱で開心術1000例を達成しましたが、7割が冠動脈バイパス術でそのうち9割がOff-Pumpです。当研究会の発表やライブデモを毎回参考にさせてもらいながら、一例ずつ積み重ねてきました。最近では、高リスク症例に、積極的に胸骨部分切開によるOPCABを施行しており良好な結果を得ています。座右の銘は、「ピンチの後には、チャンスあり」です。人生のみならず手術中の困難な状況時にも肝に銘じて頑張っています。得意な手術は、①高リスク患者にた対する冠動脈バイパス術、②急性動脈解離等に対する無輸血緊急手術,③エホバ患者に対する無輸血手術等。


■ 渡邉善則
  わたなべ よしのり
   東邦大学大森病院 循環器病センター心臓血管外科



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